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2013.10.24 海の手山の手ネットワーク

手仕事で小さな一歩を。経済復興を目指す新聞バッグ

新聞バッグの海の手山の手ネットワーク

今回は、とって もエコで、ちょっとかっこいい新聞バックを作っている
「海の手山の手ネットワーク」さんのご紹介!

材料は新聞とのりだけ。
日常に気軽に使えるアート

海の手山の手ネットワークの新聞バッグ

贈り物を包んだり、野菜の保存に使ったり・・・・
普段のエコバッグやお出掛けのサブバッグにも使える『デザイン性』と『頑丈な作り』。でも汚れたら気軽に使い捨てできる。

読み終わって資源ごみになるだけの新聞が、もう一度形を変えて、機能的でアートな「新聞バッグ」として生まれ変わっています。

宮城県で新聞バッグ作りを手掛けているのは、東日本大震災の津波で被災した南三陸沿岸部の人たち。 「海の手山の手ネットワーク」という、グループの支援のもと「手仕事による経済の復興」を目指しこれまでに1万枚以上の新聞バッグを製作してきました。

使うのは新聞紙とのりだけ でもその美しい仕上がりは、プロの目から見ても評価が高く、横浜の日本新聞博物館のミュージアムショップや、神戸KIITOデザイン・クリエイティブセンターほか、都内のアートギャラリーなどにも販売スペースを広げています。

もったいない×折紙の手わざ

海の手山の手ネットワークの新聞バッグ

被災地支援として手仕事に着目した意味を話してくれたのは海の手山の手ネットワーク(以下海山ネット)代表の曾木玲子さん。

縁あって出会った被災地の人たちが、避難生活の中で募る一番の願いを叶えるために立ち上げたさまざまな活動。そのシンボルになっているのが新聞バッグなのです。

この新聞バッグ、もともとは、高知県を流れる最後の清流四万十川の環境保全のため、流域の商店で新聞をリサイクルして商品を包もうという活動の中から生まれました。

きっかけは一人のおばあちゃんのアイディアから。

今は「しまんと新聞バッグ」として全国、いや世界的に有名ですが、一人のおばちゃんの「こんなの作ったらどう?」という提案から誕生したのだとか。

「もったいない」という日本人の美意識と、折り紙の手技が新しい価値を生み出した。

そう聞くと何だかすごい。
でもとても身近な感覚。

なぜならよくうちの祖母もチラシを折って小さな箱をつくり、こたつでみかんやお菓子を食べた時のミニごみ箱にしていたことを思い出したから。

被災地の人たちが自立していくためには
継続して仕事を生み出す仕組みが必要

あれこれと模索する中、「四万十川新聞バッグ」の存在を知った曾木さんたち。

早速新聞バッグを扱う(株)四万十ドラマに相談すると同社の畦地履正社長は「復興のために何かしたいと思っていた」と快く応じて下さったそう。

四万十川新聞バッグは特許申請されているので、すぐに高知や東京にいるインストラクターを集め、同社で初めての出張インストラクター講座を大崎市鳴子で設けて下さることに。

海山ネットのメンバー10名が1日みっちりと講習を受け、新聞バッグインストラクターの認証を受けました。

忙しい中、畦地社長も駆けつけ「これでもう、自由に作れますよ」といってすぐ高知にトンボ返りされたとか。それが2011年7月のことだったそうです。

初めは避難所となっていた鳴子の旅館の大広間で。
避難所閉鎖の後は南三陸町の仮設住宅近くの倉庫を製作場所にしました。

地元の河北新報や、ジャパンタイムスなど新聞を集めて作っては、自分たちで営業もして販売も。たくさんの協力者が現れ、あちこちから注文が舞い込み「商品」として製作されていく中、個人の技術が上がりどんどん精度が上がっていったそう。

四万十ドラマから誘いを受け、2011年の秋に行われた「四万十川新聞バッグコンクール」にも出場。 被災直後の様子を伝える河北新報の新聞紙を使い、被災地からのメッセージを込めた新聞バッグは「畦地賞」を受賞しました。

手仕事が生み出すものを
見つめなおす

海の手山の手ネットワークの作業風景

リサイクルでエコ、ローコストで人の手で作られる毎日使えるアート。
海山ネットが手掛ける新聞バッグの価値はそれだけではありません。

津波で大切なものを失った人たちに
手仕事の場を作り。
孤独者を出さず、避難生活の中で
生活のリズムを作り。
心の張合いを生み出しました。

新聞バッグのこれから

大震災という辛い経験の中から、知恵と工夫と手仕事で 生まれたビジネスが、日本の良さや、働く意味など さまざまなことを振り返るきっかけになるのではないか。
そして被災者だけでなく、弱った誰かを救えるのかもしれない。
そんな希望も見えてきます。

「被災地から発信する新聞バッグにはいろいろなメッセージが込められています。
忘れられつつある手仕事の良さを見直し、世の中を変えていくメッセージを発信したい」 と曾木さん。

現在、津波の被災地である気仙沼市、陸前高田市でもインストラクター養成講座を開き新聞バッグ作りを広める活動(東北新聞バッグプロジェクト)にも取り組み、さらに広がりを見せています。

皆さまが近いうちに新聞バッグを実際に目にし手にする可能性が、今どんどん広がっています。

海の手山の手ネットワーク

海の手山の手ネットワーク

東日本大震災で被災した南三陸沿岸部の人々が
鳴子温泉に避難したのをきっかけに生まれた団体です。
新聞で作る「新聞バック」をシンボルに
「手仕事による経済の復興」を目指して
活動を行っています。
「新聞バック」の売上の約半分が
手仕事を行っている
折り手の皆さんに届けられます。

http://uminote-yamanote.net/
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